お市

封牙舞
織田信長の妹で、絶世の美女と言われたお市。 そのお市を語る上で外せないのは秀吉の存在でしょう。
今日はこの二人を主人公とした愛憎劇のドラマをお送りしましょう。

御剣神楽
お市は織田信長の妹という立場もあり、当時としてはごく自然の流れで政略結婚の道具として浅井長政の元に嫁ぐこととなりました。
この時、既に秀吉は絶世の美女だったお市に恋焦がれていたと言われています。これが史実か、後世追加されたエピソードかはわかりませんが、今回は史実だったとして話を進めます。

御剣刹那
でないと愛憎劇にならないしね……

御剣神楽
浅井家へと嫁いだお市は、そこで後に戦国の表舞台に立つ有名な三姉妹(長女茶々、二女初、三女小督)を産みます。
政略結婚でありながら、お市と浅井長政の仲は良好で、長政は側室を持たず、お市のみを妻としたと言われています。

御子神黄泉
しかし、織田家は朝倉家を攻めないという誓約で朝井家と同盟を結んでいたが、乱世の魔王織田信長はそのような誓いなど反故にして、朝倉攻めを始める。これに怒った浅井家は、朝倉攻めに出陣した織田軍を背後から襲い挟撃する為出陣した。

封牙舞
お市は兄と夫の間に板ばさみとなりながら、陣中見舞いと称して兄信長に「小豆」を送ります。
この小豆を入れた袋は、上下に紐で括られていました。これをみた瞬間、信長は「挟み撃ちにあう」というお市のメッセージを読み取り、すぐさま全軍撤退を命じます。

御剣刹那
この小豆のエピソードはあまりにも出来すぎだから創作という説もあるけど、極限状態に陥った人間っていうのは結構出来すぎな話を淡々とやり遂げていくものよ、あたしはこのエピソードくらいは史実だったと信じたいなぁ〜

御子神黄泉
殿軍を命じられた秀吉が、竹中半兵衛達腹心の協力を得て任務を達成しながら自身も生還したのはこの時だしね、出来すぎというならこれだって出来すぎになってしまう。そもそも戦国時代そのものがあまりにも出来すぎな物語なんだよね。
やってる時は必死だから気付かないけど、後から思い起こすと「あれってかなり奇跡に近いよな……」って事、皆も実際体験していない?それと同じよ。

御剣神楽
あ、ちなみに殿軍(しんがり)というのは、味方を逃すために戦場に踏みとどまる部隊のことで、この部隊に任命された武将は、仲間を生還させることと引き換えに、自身はほぼ確実に戦死する任務と言われています。

御剣刹那
さて、本来なら織田家と浅井家が手切れとなったこの時点で、お市は実家に帰される、場合によっては処刑されるのが戦国の慣わしなんだけど、政略結婚で結ばれながら、互いに相思相愛となった長政はこれ以後もお市を妻として手放さなかったんだよね。

封牙舞
しかし、怒り狂った信長はすぐさま姉川の戦いで浅井朝倉連合軍を打ち破ると、その後朝倉を攻め滅ぼし、浅井の小谷城も完全に包囲します。 長政は自害を覚悟し、お市もこれに従おうとしますが、長政はそれを制して娘を育ててほしいとお市を城外へと送り出します。信長もこれを承諾し、お市と子供たちは落城する小谷城から救出されました。

御剣刹那
……最近は大河ドラマ見てないからわからないけど、ちょっと前の大河や年末年始大型時代劇では、ここで秀吉が使いとなってお市と三人の娘が小谷城から助け出すシーンがよく描かれているよね。
でも、史実はもう一つのシーンがここに存在していたのよ。お市と長政の間には、三姉妹の他に、もう一人(一説によると二人)、男子が存在していて……

御子神黄泉
男子はいずれ成長すれば、父親の仇と信長を狙うかもしれない……という理由で、即刻処刑された。
まだ幼かったお市の息子は、串刺しにされて殺害され、その処刑の指揮をとったのが秀吉だった。そして、この戦いの後、旧浅井の領土を賜ったのも秀吉。お市と長政の思い出が詰まった小谷城は秀吉によって廃され、長浜城が新築された。

封牙舞
兄を恨むことができなかったお市は、結局秀吉を息子の仇と自分に信じ込ませる事で精神の均衡を保つこととなったのでしょうか……秀吉にしても信長の命令には逆らえず、その処刑を行ったのか……

御剣刹那
ここが戦国の面白い所で、今回の大前提である「秀吉はお市に恋していた」という所を削除するだけで、同じ結末なのに「秀吉は出世の為に嬉々として浅井攻めに励み、戦後処理(処刑の指揮)を任される程信長の信任を得た」という物語も成り立ってしまうのよね。まぁ、今回は秀吉は信長の命令により渋々処刑を行った……という前提で話を進めましょう。

御剣神楽
それから10年近くの時が流れ……
天下に手が届く所まできていた織田信長は本能寺で横死。信長を討った明智光秀、彼を倒す為に羽柴秀吉、柴田勝家が動き出しますが、時勢の流れをみる目に関して勝家は秀吉の敵ではなく、中国大返しを成し遂げた秀吉が光秀を打ち破ります。

御子神黄泉
兄の仇を「最も憎い味方」に果たされたお市の心中はいかに……
更に秀吉の独断場は続き、信長の葬儀を行うと、後継者を決める「清洲会議」でも完全に主導権を握り、ここに柴田勝家と真正面から敵対することとなる。

御剣刹那
秀吉を主人公としたドラマだと、秀吉が草履取りの頃から勝家に虐められっぱなしになってるけど、実際秀吉と勝家が敵対関係となったのは、この清洲会議以降だと思うな〜それまでは筆頭家老の勝家が秀吉を意識したとは思えないし、秀吉が流れ者だから嫌っていたというのなら、織田家は他にも流れ者ばかりよ。

御剣神楽
そもそも秀吉をただいじめるだけの男だったら、前田利家が恩人と慕ったりする様な人望はなかったと思いますし……その前田利家のエピソードもあるのですが、それはまた次回の機会に……

御剣刹那
まぁ、ちょこまか動く煩い奴だ……くらいは思っていたかもしれないけどね〜

封牙舞
お市は、その柴田勝家の下に突如嫁ぐ事となります。
秀吉は、初恋の人から最後の決別を宣告されたこととなります。

御剣神楽
秀吉と勝家の戦いは、織田信長亡き後、あくまでも「織田家の家臣」として、次の「織田家当主」を探そうと模索した勝家と、織田信長「個人」の家臣として、信長がいないなら、織田家ではなく自分が天下をと狙う秀吉、二人の求めるものの違いがはっきりと現れています。

御子神黄泉
この戦いで敗れた柴田勝家。勝家は北ノ庄城にて自害を覚悟するが、長政同様この時もお市と3人の娘を逃がそうとした。
しかし、二度までも秀吉に屈する事は、もはやお市には耐えられなかった……
3人の娘だけは何とか逃がすが、お市は勝家と共に自害して果てる道を選んだ。

封牙舞

「夏の夜の 夢路儚き後の名を 雲井にあげよ山不如 (勝家辞世)」

「さらぬだに 打ぬる程も夏の夜の 夢路をさそう郭公かな (お市辞世)」

御剣神楽
お市の3人の娘はその後秀吉に庇護されます。二女初は、京極高次に嫁ぎ、三女小督は幾度かの再婚を経て徳川二代将軍秀忠正室となり、三代将軍家光の母となります。
そして長女茶々は……

御剣刹那
お市に遂げられなかった思いを、秀吉は最もお市に似ていた長女茶々に向けた。
天下人としての秀吉と、一人の人間として色に溺れた秀吉。二つの面を持つ秀吉は、野望の赴くまま茶々を側室とした。

御子神黄泉
「弟の仇、実の父の仇、義理の父の仇、そして母の仇」である秀吉の元に置かれる事となった茶々。
やがて茶々は、秀吉の子秀頼を産み、「淀殿」と呼ばれる様になり大坂城を牛耳る「悪女」となっていく……その末路は、大坂の陣による豊臣家滅亡という哀れなものだったね。

封牙舞
淀殿は、仇である秀吉の一族を滅ぼす為に悪女を演じたのか……
権力者にただ流されることしかできず、秀頼だけを宝とした一人の弱い女性だったのか……
母と同じように出会いの形はともかく、最後は秀吉を思えたのか……

御剣刹那
誰を主役にするドラマかによって淀殿の性格はかなり変わるよね、でも……どんな性格であろうと、最後は「豊臣家滅亡」という結末で繋がってしまう。

封牙舞
一つの結末にもいくつもの仮説が存在し、その全てが説得力を持つ……
歴史好きが永遠に歴史を求める由縁かもしれません。