その踏切

「あれは今から十数年前の話かな……」

雨が相変わらず窓を叩いている。
今年の梅雨はなかなか終わりそうにない。
沈黙に耐え切れず、昔話からはじまった雑談会は、数度の脱線を経て怪談大会へとその姿を変えていた。


当時高校受験を控えていた私は、学校が終わった後も夜7時頃から塾に通っていました。
塾は自転車で約30分くらいの国道筋、その過程は極度の坂道と耐え切れないほど長い信号が立ちふさがり、ただでさえ憂鬱な勉強へ向かうというのに、始まる前から更に意欲を削ぐには十分すぎる障害物でした。
私は同じ塾に昔通っていたという先輩の見上さん(仮名)に近道がないか尋ねてみました。

「先輩、私今○○塾にこの道で通ってるんですけど、もっと楽な近道ないですか?」

そんな都合のいい道ないよ。
こういわれると思っていた私の予測に反して、見上さんはあっさりと近道の存在を教えてくれました。

「……けど、あの道はなぁ……」

最後に不可思議な接続詞をつけられた私は、怪訝な表情で見上さんにその続きを問いただしました。
「何か問題でもあるんですか?」
「んー、あんま言うような話じゃないんだけどー」
そこまで言われて、聞かずに帰る方が衛生上よろしくありません。
私は見上さんからなんとしてもその続きを聞きだそうと、更に詳しく問いただしました。
「う〜ん……バイパスから東に曲がった道の途中にある踏み切り知ってる?」
頭の中で地図を描くまでもなく、その踏切の存在はわかりました。
「あぁ、ありますね、知ってます」
「あそこで、俺一回見たんだよね」
「またですか……」

話の流れから、ある程度覚悟はしていました。
えぇ、見上さんはその手のものを良く見るんです、俗に言う幽霊ですね。

詳しく話を聞いてみると……

「その日も塾行った後、その道通って帰ったんだけどさ、踏み切りの道に入った所で何となく嫌な感じがしたんだよね」
「寒気とかです?」
「そそ、そんな感じ。んでね、怖かったんで、なるべく下向いて走ってたんだけど、ふと頭上げるとね」

一瞬間があいた。
しかし、何かを決意したかのように見上さんはその先を語りだした。

「お婆さんが立ってるんだよね、踏み切りの前に……しかもね、こっち見ながら笑顔で手振ってる」

「ほうほう……」
私は、なんと答えていいかわからず、最も無難な相槌をもって話を聞き続けた。

「あれ、なんでこっち見てるんだろう、知り合いかな?と思ってさ、通り過ぎるときに一応頭下げたんだよね、んで横を抜けた瞬間、最初ぞくっとして」

見上さんが一息つくと、できれば思い出したくなかったという前置きを置いてゆっくりと語り始めた。

「あんたは足を置いていってくれないのかい?って言われたんだよ」

思わず見上さんは振り返ったそうです、そうするとお婆さんは消えていて、線路の横に足だけが片方ぽつんと落ちていたそうです……
その後はもう無我夢中で家まで帰り、それ以後その道を使わなくなったそうです
えぇ、その話を聞かされた私がその後も塾に到着するまで坂道と信号を相手にし続けたのは言うまでもありません。
まぁ……これで終わっちゃうと良くある?見上さんの心霊話だったんですが

何年か後、その話をふと思い出したんで、職場でその話をしたんですよね。
そうしたら、職場仲間の同級生のお婆さんがその踏切で電車にひかれてれて亡くなっていたそうなんです。
当然だけど電車事故なので、体はバラバラになり、足とかぐらいしか残ってなかったそうです。
もしかしたら見上さんはその人の幽霊見たんじゃ?と思いました。
で、この話を母親にもしたんです、怖い話って皆に話すことで変な連帯感を持たせて少しでも恐怖を軽減させようとしません?
まぁ、そんな私の思惑とは裏腹に、母親から帰ってきた返事は……

「あのね、私○○病院で看護婦やってたでしょ?」

突然身の上話をされて私は一瞬混乱しました。
まるで最初から知っていたかのように母はその話の後日談を接続させたのです。
それは、何の躊躇も何の違和感もなく、最初から完成されるべき物語の様に私の前に待ち構えていました。
えぇ、あの物語は終わっていないという事を嫌でも実感させられましたね。

母親は緊急病院で長い間看護婦をやってました、その時にその踏切で線路を渡ろうとして、レールに靴がひっかかり、足を切断してしまった女の人が運ばれてきたことがあったそうです。

私の背筋は凍りつきました。

あれですよね、幽霊とかって、一人だけで見ちゃうと全部幻覚見たんだで片付けれるんですが後で裏づけが出てきたりするとなんともいえない怖さが……しかも全然係わりの無い人同士が一つの物語を完成させてしまったんですよ?

見上さんですか?
今でも一緒に遊んだりしていますよ。
最近はあまり「見て」いない様ですけどね。

私も見上さんも社会人となった今もその道だけは使っていません……
私の話は以上です。
あぁ、次はあなたの番でしたね……
……雨がまた強くなったかな?窓を打つ音が更に激しいような……
まるで、誰かがノックしているみたいですね……

……

……

……


(これは、神無月世羽さんの体験談をSS化したものです)