心理テスト 〜Alice in Nightmare
「あら、いらっしゃい……随分とお悩みの様ね…え?占いなんて信じない?だけどあまりにも行き詰ったからここに立ち寄った?…困ったわね、ここは占いの館、占いに興味がないお客さんでは、こちらとしてもカードを持つ気になれないし…」
少女の名は嘉神亜莉子。
カラスを連れ、行く先々の街角でタロット占いをする彼女は、その日困った客の相手をさせられていた。
その客とは、ビジネススーツを着こなし、ブランド風のバックとハイヒールを身に付けたOL風、というより確認してないだけで間違いなくOLの女性であった。

占いとはあくまでも道標であり、予言と言われるものとは違うのだが、その客はよほど人生に行き詰っているのか、過去に占いで痛い目にあったのか、単に占いに対する信憑性のなさと予言と混同した過去の実例を並べ立てて少女に絡んでいた。
見れば足元も多少なりともふらついており、酒の匂いもする。もはやこれは単なる営業妨害に過ぎなかった。

「それじゃこうしましょうか…心理ゲームでもしません?あれは占いと違って、統計学とか、科学的に作られた言葉遊びでしょ?」
亜莉子は理不尽な客の態度を冷静に受け流すと、話題を変えてみた。仕事柄こういう客への対応も手馴れたものである。
科学的という言葉を出されては返す言葉も見つからず、その女性、恵子は漸く亜莉子の前の席につく事となった。

「あなたは今自分の家にいます。玄関からはじめて、頭の中で想像しながら全ての窓を開けていってください」

亜莉子の言葉に、恵子は目を瞑るとゆっくりと考え始めた。
玄関から廊下へ、居間へ、食堂へ、寝室へ……家を一周すると最後は1階の庭に繋がる場所へと到着していた。
「終わったわよ」
「では、次は全ての窓を閉めながら玄関まで戻ってください、道順は変えても結構です」
恵子は一瞬面倒くさそうな表情を浮かべるが、結局再び頭の中で歩き始めると、玄関へと戻ってきた。
「終わったわよ、これで何がわかるっていうの?窓の数でも数えるの?」

亜莉子は一瞬口元に笑みを浮かべると、タロットカードを仕舞いながらゆっくりと、詰問するかの様に話しかけた。
「窓の開け閉めの間に誰かと出会いましたか?」
恵子は怪訝な顔をしたが、もう一度目を閉じて脳内でさきほどの作業をリプレイすると、ふと思い出したかのように目を開いた。
「…そういえば、全然知らないおじさんが居たような……」

ふと気付くと、商店街の筈なのに、周囲の喧騒が聞こえてこない。
恵子は一瞬寒気を感じたが、少女の回答を待った。
「その人の事、もっと…もっと考えて…ほら…あなたの頭の中で、その人が一人で動き出していない?」

恵子は目を瞑ったまま、その光景を更に増幅させていった…

知らないおじさんがいる…
庭に面した窓の外からこっちを見ている…
私はそのおじさんに近づく…
聞き取りにくい声で何かを呟いている…
「お…が…れ…」
「お…が…れ…」

「お…が…れ…?」
恵子はいつの間にかその言葉を口にしていたのだろう、突如少女にその言葉を言われて一瞬体を硬直させた。
「え…えぇ…おがれって何のことかしら…」
考え込むうちに酔いもすっかり醒めた恵子は、謎の言葉の解読に夢中になり、心理ゲームの回答の事などすっかり忘れて家路へとついた。

彼女は一人暮らしではなく、実家からの通勤であった。
家に戻ると、母が夕食の準備をしながら、恵子に話しかける。
「ねぇ、あんたが子供の頃バレエ習ってた時、よくシューズとか服買ってくれた今西のおじさんって覚えている?」
「ん?…なんか、そんなおじさんが居たような気はするけど、子供の頃だからそんなに覚えてないなぁ…それがどうしたの?」
「さっき連絡があってね、そのおじさんが昨日亡くなったって」
「そ…う…」
恵子はさして興味なさそうな、しかしどこか心に引っかかった曖昧な返事を残して、話題を無理やり終わらせた。

その日の夜。

……玄関から廊下へ、居間へ、食堂へ、寝室へ……
……家を一周すると最後は1階の庭に繋がる場所へと到着している……
……知らないおじさんがいる…
……庭に面した窓の外からこっちを見ている…
……私はそのおじさんに近づく…
……聞き取りにくい声で何かを呟いている…

あぁ…これは夢?…夢ね…
恵子はこれが夢だという自覚があった。別に自分の頬をつねったわけではないが、時々そういう夢現な状態になる為、それが夢だという自覚があった。
帰りにあんな変な心理テストしたからこんな夢を見るのね…
心理テスト?
そういえば、あの子結局私にテストの答え言ってないじゃない………あぁそっか、私が「おがれ」の解読に夢中になって勝手に店出たんだっけ…でも引き止めるくらいしなさいよ…商売下手な子ね……

……お……が……れ……

……お……が……れ……

その瞬間、恵子は自分が幼い頃の記憶を呼び起こす。
そうだ、あの人が今西のおじさんだ…私がバレエをしていた時、シューズや服を買ってくれたんだ……

「…お…ど…れ」

踊れ…そう言っているのね。
きっと、最期の言葉で私を励ましているんだ……
ごめんねおじさん、私は子供の頃から辛いことがあるとすぐ逃げ出して…踊りもやめてしまって…
だから、もう踊れない…
ごめんね…

眠りながら恵子は涙を流していた。
子供の頃から辛いことに立ち向かうより理由をつけて逃げ出し、別の道ばかり模索していた自分の人生。だから今日は占い師の少女に八つ当たりもした。
でも、おじさんの励ましを聞いたら…これからは頑張れるかもしれない。

夢の中の恵子はゆっくりとおじさんの方へと歩み寄る。
おじさん…私は踊りはやめたけど、これからちゃんと頑張るから……

そう言おうとした刹那、おじさんは突然恵子の手を掴むと、物凄い勢いで彼女を引き摺り下ろそうとする。
恵子が驚いておじさんの顔を見ると、鬼の様な形相で彼女を見つめながら、はっきりと聞き取れる距離で同じ言葉を繰り返していた。



「お…が…れ…」



「おまえがかわれ…おまえがかわれ…」



「おまえがかわれ…おまえがかわれ…」



「おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…おまえがかわれ…」



後日聞いた話だと、おじさんは最期の瞬間まで一人で逝くのは嫌だと病室で言っていたそうです。




タロットカードの準備をしながら、亜莉子は独り言を呟いていた。
「あぁ…あのテストの結果、言うの忘れてたな……あれはね、霊感のない人はほとんどが「誰にも会わなかった」って答えるの、稀に答えてもそれはあなたを心配している人。でも……霊感が強い人はね、その人がよく見ることになる霊を無意識のうちに出すんだって……ほんと、心理ゲームって統計学に基づいた科学的な遊びよね」

亜莉子が店を開けると同時に上空でカラスが三度鳴いた。


(原案:神無月世羽さんの知人体験談)